旅トラベルjp  ~略して“旅寅”~

寅さんの様にふらっと旅した、日本の観光地名所「いとをかし処」をマニアックに紹介します。あと、飲みネタなども。

善光寺 何でそんなに盛り上がってるの?

善光寺 何でそんなに盛り上がってるの?

長野県の善光寺といえば、全国的に有名ですが、何でそんなに有名なんだろう

という事は考えませんでした。

しかしながら今年2009年に至っては、そこここで善光寺の熱狂が

伝わってきました。何でそんなに盛り上がっているのか、調べてみました。

 

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<善光寺 盛り上がっている理由(推測)>
 ①7年に一度の御開帳
 ②ご本尊は日本最古の御仏と云われる
 ③回向柱に触るとご利益がある
 ④本堂が国宝建築物である
 ⑤宗派を問わない無宗派のお寺
 ⑥片参りになりたくない
 ⑦牛に引かれて善光寺参り


7年に一度の御開帳の年

善光寺のご本尊である「一光三尊阿弥陀如来」は絶対秘仏ということで、

参拝者はもちろん、住職さんさえも見たことがないというものです。

今生きている人は誰も見たことがないのです。

(そう言われるとますます見たくなりますね。)

誰にも見せない(隠れる)とは誰が決めたのかということになりますが、

如来様ご自身のお告げにより「隠れた」とされているようです。

この秘仏という形態は比較的多くのお寺でよくある話で、

決められた期間だけ見られる(公開される)ことを「ご開帳」というそうです。

ある種のイベントですね。

えっ!絶対秘仏だから公開しないのでは?

そうなんです、公開(ご開帳)されるのは「前立本尊」といって、

ご本尊の前に立たれる分身の仏様なのです。ですから正式には

「善光寺前立本尊御開帳」というそうです。

見れるのは本当のご本尊ではなくレプリカ(模鋳)ということなのです。

レプリカという言葉はあまりふさわしくないかもしれませんが、

前立というのは、基本本尊とそっくりに作られるのが決まりのようです。

しかしご本尊を誰も見たことがないということであれば、そっくりというのも

疑わしいことになってしまいます。

根拠のない噂ですが、「本当はご本尊なんて存在しないのではないか」

「度重なる火事で元の形を失っているのではないか」などと言われています。

ただ本当に言えることは、ご本尊が入っている厨子(ずし)は持ち上げるのにも

苦労するほど重いということなので、厨子の中にご本尊とされる何かが

入っているのは事実だそうです。(単なる大きな石だったりして・・・)

もう疑ったら限がありません。

それでもご本尊ではないにしろ、7年に一度のチャンスであれば

やはり見ておきたいのが人間の常でありましょう。

毎回御開帳は参拝客が増え続けているということです。

最近東京で行われた「興福寺の阿修羅展」でも露呈してきたのですが、

世の中、静かな仏像ブームが起きているようです。

阿修羅像の周りに群がった老若男女の大群は異様な光景でした。

興福寺に置かれていた時は、人気(ひとけ)もまばらだったのに・・・。

そんなことで御開帳期間の参拝者も前立本尊見たさに

何時間も本堂前参道に長い行列を作ったそうです。

初詣の時の勢いですね。すごいなー

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    善光寺さん参道で頂いたパンフレット写真より掲載させていただきました。
     (右手につながっている金色の糸が見えますでしょうか。)


ご本尊は日本最古の御仏と云われる

ご本尊は「一光三尊阿弥陀如来」で、インドから朝鮮半島の百済を経て、

552年(古墳〔大和〕時代末期)に日本に渡ってきたとされ、

日本最古の御仏と云われています。

仏教の伝来があったとされる同時期というから、本当に最古のような気がします。

この御仏を「本田善光」さんが信州に安置されたのが

開山のきっかけとなったそうです。

善光寺の創建は飛鳥時代(7世紀後半)ごろと推測されています。


 回向柱(えこうばしら)に触るとご利益がある

御開帳の期間に合わせて本堂前に回向柱(えこうばしら)が立てられます。

これは御開帳期間のシンボル的存在であり、この回向柱に触れると

ご利益があるといわれています。それはどうしてかというと、

前立本尊は開帳されていますが、触ることは出来ません。

しかし、この回向柱と前立本尊の右手とが「善の綱」で結ばれているため、

この回向柱に触れることにより、前立本尊に触れているということを

意味するそうです。そのことからご利益があるということなのだそうです。

高さは10メートル、太さは45センチ角だそうです。

誰でもこの柱に触れることは可能なので、ご開帳期間は“参る”というより

この回向柱に“触る”ということをメインとしている人が

意外といるのではないでしょうか。

毎回、触るの待ちで長蛇の列が出来ているそうです。

ちなみに柱には梵字で、「空」「風」「火」「水」「地」を表す5文字が書かれており、

密教でいう宇宙を構成する5要素と考えられているものだそうです。

上に掲出している前立本尊の右手から金の糸がつながっているのがわかります。

下の写真では回向柱につながっている白い綱が見えます。

この金の糸と白い綱がつながって、「善の綱」とされています。

いやー、いとをかしなこと考えますなぁ~。

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    善光寺さん参道で頂いたパンフレット写真より掲載させていただきました。

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     歴代の回向柱が安置されて、年々少しずつ朽ちて短くなっています。


本堂が国宝建築物である

善光寺の創建は当時の資料が残っていないので、境内から出土した

当時の瓦の特徴から、7世紀後半頃と推測されています。

その後本堂は11度の焼失があり、現在ある本堂は1707年(江戸時代中期)に

再建されたものだそうです。

その大きさは見れば木造建築物としてはかなりの大きさで、国宝建築物の中では

東大寺、三十三間堂に次ぐ三番目の大きさだそうです。

昭和28年に国宝に指定されました。

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善光寺参道を本堂に向かって、本堂の手前にある山門も重要文化財に指定されています。

この山門にある善光寺の文字を書いた額が有名です。

「鳩字の額」と呼ばれ、その善光寺という文字に“鳩が5羽”隠されていうのです。

4羽までは何となくわかるのですが、「寺」にいる1羽はわかりにくいようです。

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私も、善光寺参道にある信号機横設置の善光寺標識板を見て、

そうなのかとわかりました。

この標識は、かなり鳩を意識して現代風文字にアレンジしてあります。

それと「善」の文字が牛の顔に見えるというのも有名です。

目を閉じて、ムスッとした感じの牛の顔ですね。

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こんな建物にまつわる色々な話も、善光寺の魅力の一つではないでしょうか。   

 


宗派を問わない無宗派のお寺 

善光寺は宗派がない“無宗派”のお寺だそうです。

それは仏教が日本に伝わってきたばかりの時期の日本仏教の根源であり、

当然まだその時期には宗派という概念もなかった時代に

創建されたものだったからのようです。

それと女人禁制とするお寺が多くあった中で、女人救済を行い

差別を排除している考えも信仰者が多いというところに

つながっているのだろうと推測できます。


 片参りになりたくない      
   

善光寺と合わせてお参りした方が良いとされるお寺が2つあります。

「北向観音」と「元善光寺」です。

善光寺だけお参りしただけでは「片参り」といわれ、不十分だそうです。

ここで疑問です。

「北向観音」をお参りしたら、後は「善光寺」へ。

「元善光寺」をお参りしたら、後は「善光寺」へ。

では「善光寺」をお参りしたら、後は「北向観音」?「元善光寺」?

この疑問に答えてくれている資料はとりあえず見つかりませんでした。

では先ず、善光寺・北向観音ペアの片参り理由から。

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北向観音は「裏善光寺」と呼ばれています。それは善光寺が南を向いて建っているのと

向き合って北向きに北向観音が建っているからとされ、善光寺が来世の利益

北向観音が現世の利益をもたらすということになっているようです。

次は、善光寺・元善光寺ペアの片参りの理由。

      motozenkouji.jpg 

元善光寺は今から約1400年前に、本田善光によって開かれました。

善光は麻績の里(現在の長野県飯田市)の出身で、都に上った際、

難波の堀江(現在の大阪市)で一光三尊の如来を見つけ、これを背負って故里に帰り

臼を浄めてその上に安置し奉ったのでした。これがこのお寺の起源とされています。

41年が過ぎ、勅命によって本尊は芋井の里(現在の長野市)に遷され、

今日の長野善光寺がそこに創建されました。この時木彫りの同じ一光三尊仏を造って

この地に残され、「毎月半ば十五日間は必ずこの故里(飯田)に帰りきて衆生を化益せん」

というお告げが残されたことでこのお寺は元善光寺と呼ばれるようになり、

善光寺と元善光寺の両方にお参りしなければ片参りになると云われるようになったそうです。

北向観音と善光寺は方角的に向き合っているという対の関係、

元善光寺と善光寺は本尊がいた場所の縁の関係ということで

片方だけでは片参りという理由を形成しているようです。

何となく善光寺の有名さの威を借りた”抱き合わせ商法”の印象を受けるのだが・・・

ちょっと言い過ぎかな。

理由はともかくとして、3つともお参りしちゃえば、かなりのご利益がいただけそうな

気がしてくるのは達成感から来るものなんですかね? 


牛に引かれて善光寺参り

 「思いがけないことが縁で、偶然に良い方向に導かれること」の意だそうです。

善光寺といえばこの「牛に引かれて善光寺参り」というフレーズ、

チョー有名慣用句だそうです。

なんでも、布引観音を発祥とする伝説からきているとのことです。

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伝説はこうです。

むかし、信濃の国の小諸布引山の麓にある村に

仏様なんか信じない強欲なおばあさんが住んでいました。

ある日、布を洗濯して軒先で乾かしていたところ

どこからともなく一頭の牛が現れて、その布を角にかけて逃げていきました。

おばあさんは怒りながらも、その牛をどこまでも追いかけていくと

日も暮れかかり、いつの間にか善光寺まで来てしまいました。

牛は善光寺の金堂の中に消えていくようにいなくなりました。

牛も布も消えてしまい、おばあさんは途方に暮れていますと

金堂が光輝き始めました。なんだろうと金堂の中に入ってみると

牛のよだれのようなものが文字のように光っていました。

その文字を読んでみると、

 「牛とのみ思いすごすな 仏の道に汝を導く 己の心を」

 (「たかが牛とあなどってはいけない、仏の道にあなたを導いていると

 思いなさい」というような意味でしょうか。)

と、読めました。そんな言葉に心動かされ、信仰の心が目覚めました。

その夜は、布のことなどはすっかり忘れ、仏様を拝み続けました。

家に帰った後日、今まで行くことがなかった近くのお寺「釈尊寺」観音堂に

お参りしてみようと行ったところ、堂内にいらっしゃった観音様の身体に

あの布が掛かっていました。

それを見たおばあさんは、ただの牛だと思っていたあの牛は、

実は観音様の化身だったと悟り、さらに信仰心を厚くして極楽往生した

とのことです。

そのような伝説からこの観音様も布引観音と呼ばれるようになり、

今でもその時の布が山に残され、白い岩となって残っているそうです。

なるほど、布を追いかけて善光寺に来てしまったのは偶然ではなく、

仏様の導きで、その不思議な出来事に仏心が目覚めたということですね。

これまたいとをかしなお話ですねぇ。

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    布引観音が安置されている観音堂

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      布引観音入口駐車場から見える布が残されたとされる白い岩

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この白い岩もたまたまなのでしょうが、伝説とはおもしろいもので、

そういう逸話があるとついつい感慨深くその岩を見てしまうものです。

これも善光寺から始まる仏様のパワーなのでしょうか。


いかがでしょうか、私なりに善光寺が盛り上がっている理由を7つ

勝手ながら推測してみました。まだまだ興味深い話はこの善光寺には

あるようですが、この7つは信仰心があまりない方でも

興味が持てる話ではないでしょうか。こんな興味深い話がもっとみんなに

浸透していったら、もっともっと善光寺が盛り上がるのは間違いないでしょう。

善光寺を通じて仏様の偉大さをあらためて思い知った2009年の昨今でした。

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この記事のコメント

こんにちは~

長野は大好きです
また、善光寺も好きなお寺のひとつでもあります
楽しく読ませていただきました
とても詳しく 私の仕事にはおおいにプラスになります
ありがとうございます

前回のご開帳のとき、ネットで調べるうちに
まったく知らなかった・・・ご印紋頂戴ってのが載っていました
お数珠頂戴は よくありますけど・・・

そこで 仕事でご開帳で善光寺に参拝のとき
中で、ご印紋を頭に頂きました
初めてなので お客様は大変喜ばれました

こちらの方々は、弘法大師の開いた お四国参りを
何度も何度も回るほど、信心な方が多くて
善光寺の大本願で尼宮様から、お剃刀当ても
頂くぐらいなんです

旅寅さまの書かれていた、布引観音に、次は連れて行ってあげようと思いました。

長分で失礼いたしました m(*^▽^*)m
2011-04-22 Fri 08:59 | URL | みみごん #-[ 編集]

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