旅トラベルjp  ~略して“旅寅”~

寅さんの様にふらっと旅した、日本の観光地名所「いとをかし処」をマニアックに紹介します。あと、飲みネタなども。

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「投入堂」は赤かった

「投入堂」は赤かった

2007年1月2日にNHKで放送された

「祈りの山 三徳山 ~国宝・投入堂の謎~」という

番組において、投入堂は赤かった(朱塗りだった)と紹介されたので

ご存知の方も多いことと思います。

その番組で紹介されたCG(コンピューターグラフィック)の画像を

イメージできるように、自分で赤く塗ってみました。

      akainageiredou.jpg

       nageiredou1.jpg 

画像的にはかなり違和感があると思いますが、ご勘弁を。

それでもこんな断崖絶壁な場所に赤い建物があったなんて、

元々不思議は不思議です。

この投入堂が造られたと推測される11~12世紀ごろには

赤い朱塗りの寺院は建てられていました。

ちなみに平安時代末期の1168年にあの厳島神社の社殿は作られています。

itukusima1.jpg  itukusima2

厳島神社もそうですが、赤い建物は自然の中では異色なので、

とても見栄えがします。

朱塗りといっていますが、正確には「丹塗り」というそうです。

赤い色は「ベンガラ」を使っているそうです。

「ベンガラ」とは古来から作られている酸化第二鉄の赤色顔料の一つだそうです。

 

<赤色だった発見の経緯>

25年ほど前に、三佛寺の住職が発行した「三徳山」という冊子に、

明治期の美術指導者であった岡倉天心さんが、明治政府から

国宝指定のための調査依頼を受け、1903年に調査に訪れたとの記述が発見された。

以来、その調査記録である日記やスケッチなどを探し回り、2005年に東京芸術大学に

あることが発見されました。

そこには、投入堂の外観は、「丹塗リ(にぬり)ニシテ内部ノ壁板ハ胡粉塗()(こふんぬり)

との記述があり、壁は白く、柱や梁は赤く塗られていたということがわかりました。

胡粉とは貝殻を焼いて作った白色の顔料だそうです。

併せて大正4年に行われた改修修理の際に取り替えられた化粧垂木に

赤い塗料の痕跡が残っていることが見つかりました。

2006年に行われた投入堂の平成の大修理の際にも、現地調査が行われ、

わずかながら塗料の痕跡が発見されました。

これら記述と塗料の痕跡から、「投入堂は赤だった」ということは、

ほぼ間違いないだろうということになっています。

このことから、大正の改修の前までは朱塗りであり、改修によって

現在の色の無い素木の状態になったということでしょうか。

修験場に塗りはない、と言われてきたものが覆される事態となりました。

そのほかに化粧垂木を調査した結果、投入堂の化粧垂木小口には、

花菱紋の化粧金物が付けられていたとのことです。

厳島神社のそれと良く似ているそうです。

大正時代においても歴史の謎になりかけるところを

懸命に実態を調査していただいている方々の努力に感謝しつつ、

今後も調査が進み、興味深い新しい発見が出てくることを期待します。

  

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